裁判所の株式売買価格の裁判例(システム事件)!
非上場株式・少数株式の株式価格算定裁判例分析(システム事件)
M&Aの株式売買は、買主と売主が協議の上で株式売買価格を決めることになっています。株式売買価格の決定プロセスについては、会社法上に明記されているのです。
会社法第百四十四条 第百四十一条第一項の規定による通知があった場合には、第百四十条第一項第二号の対象株式の株式売買価格は、株式会社と譲渡等承認請求者との協議によって定める。 |
しかし、株式売買価格の算出方法には種々の方法があるため、売主と買主の間で株式売買価格についての協議がまとまらず、揉めてしまうケースが少なくありません。M&Aの株式売買価格が売主と買主の間で決まらない場合は、裁判所に株式売買価格を決めてもらうことになります。
非上場株式・少数株式の株式価格算定の参考例として、システム事件について解説します。買主と売主の間でどのような主張が行われたのか。裁判所はどのような判断を下したのか。順番に見て行きましょう。
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システム事件(株式売買価格の裁判例)の概要
申立人はH研究所の所有する株式会社hの株式94株をH研究所から譲り受けました。申立人とH研究所は株式会社hに株式の譲渡承認の申請を行いましたが、株式会社hは譲渡を承認しませんでした。
株式会社hは指定買取人(相手方)を指定したものの、申立人と相手方の間で株式売買価格が決まりません。相手方は株式の譲渡が仮装譲渡や権利濫用に当たると主張しており、この点でも申立人と相手方は揉めてしまいました。最終的に申立人と相手方の間で話し合いがまとまらなかったため、裁判所の判断を仰ぐ流れになったのです。
株式会社hの株式売買価格については地方裁判所で争い、判決が出ています。地方裁判所は、株式売買価格について以下のように判断しました。
申立人名義の株式会社hの普通株式94株の売買価格を1株につき金7万5000円と定める。
相手方は、H研究所と申立人間の本件株式譲渡は仮装されたものであり、また本件申立ては権利の濫用に当たる等と主張するが、これを推認させる明確な事情は存しない。
かかる事情のみから本件株式譲渡を仮装とまで推断するに足りず、他にかかる事情をうかがわせる証拠もない。また、本件申立てが権利の濫用に当たるとするまでの事情はうかがえない。
地方裁判所の判断では、株式会社hの株式売買価格は純資産価額法や過去の株式会社hの株式取引事例などから1株7万5,000円が適切であるという判断です。そして、仮装譲渡や権利濫用については、「仮装譲渡や権利濫用にあたるとは判断できない」という判断でした。地方裁判所ではこのように判断したのですが、判決が不服として抗告。高等裁判所で株式売買価格が争われました。
この記事では、主に高等裁判所の株式売買価格の判断について取り上げます。ただ、高等裁判所で株式売買価格が決定されるまでの間に地方裁判所で株式売買価格と仮装譲渡や権利濫用について争われたことを覚えておいてください。
システム事件(株式売買価格の裁判例)の対象株式と会社のデータ
株式会社h
事業内容 / 訪問介護、通所介護等
設立 / 平成10年10月8日
発行可能株式総数 / 800株
発行済株式総数 / 200株
資本金額 / 1000万円
会社形態 / 取締役会設置会社
株式会社hの定款には、株式を譲渡するには取締役会の承認を受けなければならない旨が規定されています。
システム事件(株式売買価格の裁判例)の争点と当事者の主張
地方裁判所の判断は、1株の株式売買価格は7万5,000円との判断です。しかし、抗告人はこの株式売買価格に不満を抱いていました。また、株式売買価格を算定する上で地方裁判所が採用した方法にも不満です。あらためて高等裁判所に別の株式売買価格の算定方法を採用し、株式売買価格を変えるように申立てを行いました。
当事者の主張を整理してみましょう。
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システム事件(株式売買価格の裁判例)の抗告人の主張
本件株式の価格については、相手方が発行会社であるhに対し支配力を有する上場企業である(換言すれば、株式会社hは相手方の子会社である。)ことに鑑みれば、相手方が自ら算定した価格と推認すべき国税庁方式と呼ばれる類似業種比準価額法による算定価格90万2100円とすることが最も公正かつ適正と考えられる。
簿価純資産法、時価純資産法などに依拠しながら、DCF法、収益還元法、配当還元法などで算出した金額のほかに、その他の諸事情も加味して総合的に決するのが相当であるとし、かつ、ホスピカの事業継続性が高いこと、それゆえその収益性を無視することができないものと認めながら、本件株価算定に当たり、結局のところ、収益性の算定要素を一切排除し、考慮することなく純資産価額法によってのみ算定している。純資産価額法等解体価値による本件株価の評価は株価の最低限を画するにとどまり、当該会社が純資産の形成が大きく収益力が格段に小さい等の特段の事情がない限り、純資産価額法のみによる算定には合理的理由はない。
抗告人はまず7万5,000円という価格に不満であり、株式会社hの株式売買価格は90万2100円と算定することが適切であると主張。さらに、株式売買価格の算定に使われた資料などについても「資料として適切ではなかった」と主張しています。
地方裁判所は、株式売買価格は諸事情なども考えて総合的に決めることが適切と言いました。しかし、前述したように、地方裁判所の判断は純資産価額法を主軸に算定が行われています。「諸事情を考慮して」と言っているのに、ひとつの方法にだけ重きを置いていることはおかしいのではないかと、抗告人は言っているのです。
さらに、株式会社hの過去の取引事例なども株式売買価格の判断に使われていますが、これについても適切ではない。相手方が発行会社であるhに対し支配力を有する上場企業であることを考慮すると、国税庁方式と呼ばれる類似業種比準価額法を使うべきであるというのが抗告人の主張です。
抗告人の主張の要点は「株式売買価格を地裁の判断した価格から変えて欲しい」「国税庁方式と呼ばれる類似業種比準価額法を使うべき」「株式売買価格の算定に使われた資料に疑問があり、会社の事情ももっと斟酌すべき」の3点になります。
システム事件(株式売買価格の裁判例)の相手方の主張
抗告人は、原決定が本件株式売買価格の算定について類似業種比準価額法によらなかったことを非難するが、原決定は、非上場の取引相場のない株式を算定する方法を複数掲げ、各方法の採否に当たって考慮すべき事情を詳細に摘示したうえで、本件を総合的に判断して、1株の判断を7万5000円と決定するに至っているのであって、その手法及び判断の根拠とする理由も極めて妥当である。
抗告人は、さらに、① 対象会社hが相手方の子会社であること、② 株式会社hが相手方への返済額を増額したこと等を問題にするが、①は原決定も考慮している事情であり、②は株式会社hの経営判断の結果にすぎない。
相手方の主張は、地方裁判所の判断を支持するものです。
抗告人は「株式売買価格の算定方法は純資産価額法のみに重点を置いている」と批判していますが、申立人は「複数の算定方法を掲げた上で方法を採用するか否か等を詳細に説明している。詳細な理由をもとに株式売買価格の算定方法を選び、株式売買価格の判断を行っている」と反論しています。だからこそ、地方裁判所の判断した株式売買価格は妥当であり、株式売買価格の算定方法も妥当であったという主張です。
抗告人は株式売買価格の算出や判断に使った資料も適切ではなく、会社の事情ももっと斟酌すべきだったと言っています。しかし相手方は、これについても反論。地方裁判所は自由心証主義(裁判官の自由な判断にゆだねるという主義)に基づいて、株式売買価格の算定に使う資料を選んで結論を出しているのだから問題ないという主張をしています。
相手方の主張の要点は「株式売買価格は7万5000円で問題ない」「株式売買価格の算定に使った算定方法や資料なども、特に問題ない」です。
システム事件の株式売買価格については、以下のような裁判所の判断がありました。
システム事件(株式売買価格の裁判例)の判例概要・株式の算定方法
【判旨概要】
相手方が買い取るベき抗告人名義の株式会社hの普通株式94株の売買価格を1株10万3261円と定める。
【判旨】
譲渡制限のある非上場会社の株式売買価格を決定するに際し、純資産価額法その他の各評価方法はそれぞれ一長一短があって、結局は対象会社の特性に応じた株価算定をするしかないのであるが、ひとつの評価方法だけを選択して算出した場合、各評価方法の短所が増幅される危険があるので、対象会社に適合すると思われる複数の算定方式を適切な割合で併用することが相当であるとしたうえ、いわゆるDCF法を3、純資産価額法を7の割合で併用するのが相当である。
システム事件(株式売買価格の裁判例)の判旨概要について
高等裁判所の判断は、1株の売買価格を10万3261円にするというものです。
地方裁判所の判断より株式売買価格は上昇しましたが、どちらかというと抗告人の主張よりも相手方や地方裁判所の金額に近い判断ではないでしょうか。抗告人の主張した算定価格は90万2100円ですから、高裁の判断した金額と抗告人の主張した金額には、かなりの差が生まれる結果となりました。
システム事件(株式売買価格の裁判例)の判旨について
高裁は株式売買価格の算定において、DCF法と純資産価額法を採用しています。DCF法が3割、純資産価額法が7割です。なぜ高裁はこのように判断したのでしょう。
株式売買価格の算定方法にはいろいろな種類があります。各算定方法にはメリットもありますが、デメリットもあるのです。ひとつの方法に重点を置きすぎると、そのひとつの方法のデメリットが強く出てしまうというリスクがあります。
たとえば、DCF法は会社の将来を算定に反映させる方法です。不確定な未来を算定材料に用いることで、計算結果が現実とずれてしまう可能性がデメリットとしてよく指摘されます。
仮にDCF法だけ使ってしまうと、このDCF法のデメリットが色濃く反映されてしまうはずです。そのため、株式会社hの事情等から適切な方法を選択して、適切な方法をさらに適切な割合で使うことが必要だと高裁は判断しました。
純資産価額法とDCF法を適切だと裁判所が判断した割合で使って算定、株式売買価格を算出したという結論です。
最後に
M&Aの株式売買価格はケースごとに算定します。似たようなM&Aケースだからといって、他会社の株式売買価格の算定事例をそのまま当てはめて考えることはできません。ただ、参考にはなります。
今回の裁判例で注目したいのは、裁判所の「判旨について」です。
ひとつの方法のデメリットが強く出てしまわないためにも、その会社に合った複数の方法の中から適切な方法を選んで割合で使う。これは、M&Aの株式売買価格を決定する上で参考になる考え方ではないでしょうか。M&Aで株式売買価格の算定が必要になったときに役立てたい知識です。
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