株価算定方法に関する判例(kisen判例)!

非上場株式の場合、株式売買価格決定で揉めることがあります。

たとえば、M&A当事者の片方は売買価格を1株当たり500円と算出したが、M&A当事者のもう片方の買取側は450円であると算出した。非上場株式の算出方法はいくつかあります。価格が異なっていれば、当然ですが「その価格はどのように算出したのか」という話になることでしょう。M&A当事者が算出して決定するため、当事者同士の主張や算出方法が異なり、揉めてしまうことがあるのです。

株式売買価格で揉めた場合は、最終的に裁判所に判断してもらうことになります。今回の記事では、株式売買価格の決定の裁判例として「kisen事件」を取り上げて解説したいと思います。

なお、裁判例は公開情報ですが、ここではいちおう会社名は匿名でkisenとだけ記載させていただきます。

株価算定方法に関する判例:kisen事件の概要

kisenは明治31年9月24日に設立された株式会社です。旅客運送や貸船営業を事業内容にしていました。kisen事件では、kisen株式30万株(申立人甲野所有15万株、会社所有15万株)の株式売却価格が問題になりました。この30万株の株式売却価格をいくらにするかが、この事件で解決すべき問題点です。

まずは、会社のデータや株式保有状況について見て行きましょう。

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会社(kisen)のデータ

旅客運送や貸船営業を行っていたkisenは、平成24年1月22日当時、船による東京周遊観光などを事業内容として行っていました。浅草や日の出、有明などを周遊するのが主なルートです。

会社が擁していた運航客船は11隻で、うち2隻は傭船でした。従業員の数は平成24年1月22日当時、38名となっています。

kisen設立年月日 明治31年9月24日

kisenの売上高 10億2592万9000円

税引き後純利益 5823万6000円

Kisenの純資産額 13億1061万8000円

株式に対する配当額 921万7500円

1株当たりの配当額 7.5円

会社側は今後も1株7.5円という配当額を維持する予定でした。

株式保有状況と発行株式の状況

申立人はkisenの株式を15万株所有する株主です。相手方(買取指定人)は、産業用製品の市場拡大に貢献することを目的としている一般社団法人でした。株式の発行会社であるkisenの株式の状況は次の通りです。

発行済株式総数 123万株(自己株式は1000株)

議決権を有する株主 11名

少数株主の保有株式に係る議決権比率 24.4%

対象会社の代表取締役および親族の保有株式に係る議決権比率 52.9%

なお、kisenの定款には、発行するすべての株式の取得について、取締役会の承認が必要であるというルールが定められていました。

裁判所(株価算定方法に関する判例)での判断に至った経緯

株主である申立人は、株式の譲渡をしたいと思っていました。譲渡相手は上海の有限公司です。kisenの株式には譲渡において取締役会の承認が必要であるというルールがあったため、申立人は譲渡のルールに従って、取締役会に株式の譲渡を申請しました。しかし、取締役会での判断は「譲渡を承認できない」というものでした。

取締役会での譲渡承認が得られなかったため、kisen又はその指定買取人に株式を買い取ってくれるように求めましたが、kisenの株式買取価格について双方(株主と指定買取人)の主張が折り合わず、価格決定が困難だったため、最終的に裁判所での非上場株式価格決定に至りました。

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申立人側の主な主張や株式価格算定

ア 本件株式の一株当たりの売買価格は1439円である。

イ 株価算定方式として収益還元方式を選択すべきである。

kisenは古くから独占的・安定的な収益基盤に支えられ、これまで安定した水準の売上高及び利益を維持しており、今後もこれまでと同水準以上の利益が継続することが合理的に見込まれる継続企業である。したがって、本件株式の株価算定方式として収益還元方式を選択すべきである。

株式に係る議決権比率は約24.4%であるから、申立人らは、企業価値評価ガイドラインにおける有力株主に当たり、拒否権や累積投票請求権も本件株式売買価格として評価の対象となるから、配当還元方式を選択することはできない。

申立人側(甲野、会社)は、株式を収益還元方式で価格算定し、1株1439円で買って欲しいと主張しました。

収益還元方式とは、会社の将来に着目した算定法のひとつです。

収益還元方式では、会社株式の予想税引後純利益を使います。特徴は、DCF法と同じ会社の将来性に着目した株式算定方法ながら、より簡単に株式価格を算出できるという点です。DCF法よりも簡便なため、非公開株式の算出でも用いられることがあります。ただし、収益還元方式では、将来性という現時点において不確定な要素を取り入れるという点で、算出した株式価格には不確実性の残る算定方法でもあります。

kisen事件においては、株式を買って欲しいと依頼した側(申立人側)は、この収益還元方式をベースに株式の売却価格を1439円と算定し、買主側(相手方)に主張しました。

相手方の主な主張や株式価格算定

ア 本件株式の一株当たりの売買価格は90円である。

イ 株式算定方式として配当還元方式を選択すべきであり、複数の株価算定方式を採用する場合、その折衷割合は、配当還元方式、取引事例方式、DCF方式、時価純資産方式の各方式を7対1対1対1とすべきである。

kisenは、独占的な事業ではなく、今後、これまでと同水準の利益を継続することもできないから、本件株式の株価算定方式として収益還元方式を用いることはできない。仮に、収益還元方式を用いる場合、平均利益を算定する期間は、過去5期間とするべきである。

本件株式の株価算定方式として収益還元方式を用いることはできない。

相手方(株式の指定買取人)は、基本的に収益還元方式は用いることはできないと主張しました。収益還元方式を用いるなら、平均利益の算定期間を過去5期間とすべきという主張も行いました。

その上で、kisen株式の価格算定には配当還元方式という別の方式を用いるべきで、株式1株あたりの売買価格は90円だと算定したのです。算定方式と株式価格についての主張が申立人側と大きく異なっている点に注目してください。

配当還元方式も、株式価格の算定法のひとつです。配当還元方式も、会社の将来性に着目する計算方法ですが、株式価格算定には将来的な配当金を用います。kisenの配当金は7.5円。将来的にも、同配当金額を維持する予定でした。kisenの場合は、将来的な配当額の予定を予想しやすい状況だったのです。

また、相手方は、収益還元方式以外の株価算定方法を使う場合は、配当還元方式、取引事例方式、DCF方式、時価純資産方式の各方式を7対1対1対1とすべきではないかと主張。申立人はkisenが独占的かつ安定的だと主張しましたが、相手方はこれを否定しています。

kisen事件においては、株式の買取側(相手方)は、配当還元方式をベースにする。あるいは、他の価格算定方式を織り交ぜる場合は、各方式を7対1対1対1にする。株式価格は1株90円である旨を、申立人側に主張しました。

株価算定方法に関する判例:kisen事件の判例概要・株式の算定方法

kisen事件の株式価格については、以下のような裁判所の判断がありました。

【判旨概要】
判示の事実関係の下では、DCF法、純資産法、配当還元法による株式価格を加重平均して、1株当たり693円と決定するのが相当である。

【判旨】
上記各評価方式は、株式価値に影響を及ぼしうる事象のうち、会社の収益や純資産といった側面にそれぞれ重点を置くものであり、一つの評価方式の採用は、他の評価方式が重点を置く株式価値に影響を及ぼしうる事情を捨象する面があることから、どの評価方式が対象会社の株式価値の評価方式として適切かは、会社の規模・業種・業態、現在及び将来の収益性、事業継続の有無、配当実績や配当政策、会社支配権の移動の有無、評価の対象となる株式の発行済株式総数に占める割合等、株式評価の基礎となる事情を踏まえて決するのが相当である。

売主の立場と買主の立場のうち、一方の立場にのみ重点を置くことになれば、相手方を不当に利し、あるいは害することにつながりかねないことから、売主と買主の双方が対等の立場にあることを前提とすべきであり、本件では、売主の立場からの相当な評価方式と買主の立場からの評価方式を1対1で反映させ、DCF法0.35、純資産法0.35、配当還元法0.3の割合で加重平均して求めた価格をもって本件株式の価格とするのが相当である。

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株価算定方法に関する判例の判旨概要について

  • kisenの株式は、1株当たり693円を株式売買価格にする。
  • 株式の算定方法は、DCF法、純資産法、配当還元法による株式価格の加重平均を使う。
  • 加重平均はDCF法(0.35)、純資産法(0.35)、配当還元法(0.3)とする。

以上がkiseki事件での裁判所の判断です。ひとつの算定方法を採用するのではなく、3つの方法の加重平均を使って株式価格を求めるという結論でした。

株価算定方法に関する判例の判旨について

DCF法、純資産法、配当還元法の3つの株式価格算定方法は、株式価格に影響を及ぼす「会社の収益」「純資産」などに重点を置く算定方法になります。どの株式価格算定方法が適切かは、会社の事業規模や業種、業態、将来の収益性や事業継続の有無、配当実績、配当政策、会社の支配権が移動するか、発行済み株式総数に占める割合など、いくつもの事情を踏まえた上で決めることが必要です。

会社法にも、以下のルールが定められています。

会社法第百四十四条 第百四十一条第一項の規定による通知があった場合には、第百四十条第一項第二号の対象株式の株式売買価格は、株式会社と譲渡等承認請求者との協議によって定める。3 裁判所は、前項の決定をするには、譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない。

このように、会社法にも、事情などを考慮して、ケースバイケースで株式売買価格を決定する旨が記載されています。

kisen事件の株式判断価格では、どれかひとつの算定方法を用いることは妥当ではなく、3つの方法を用いて最終的に加重平均によって価格を出しましょうという結論です。

M&Aにおける株式売買価格は、本来、売主と買主の協議によって株式価格を決定します。買主と売主の協議により決定する旨も、会社法144条に記載が見られるはずです。

上記、条文を確認してみてください。買主と売主の協議によって株式売買価格を定めることが基本なので、申立人と相手方の双方の立場に立って株式売買価格を検討することが妥当であると裁判所は考えたのです。判決が買主と売主の主張の折衷案のようになっているのは、このためです。

買主と売主の立場が平等で、平等な立場で協議が行われたと仮定する場合、売主と買主どちらかの主張へと極端に寄ってしまうことは、適切ではありません。

売主側の立場に立てば、買主側にとって不平等な結果になります。反対に、買主側に極端に寄り過ぎると、売主側を害する結果になってしまうことでしょう。どちらかに重点を置きすぎるのではなく、買主と売主が平等な立場であることを前提に、買主と売主と意見を反映させるべきです。

そのため、裁判所は、評価方法として売主と買主の意見や株価算出方法を1:1で取り入れるかたちで判断しました。

また、裁判では売主側と買主側の主張に対しては、裁判所は次のように判断しました。

売主側(申立人)の主張について

申立人らの保有する本件株式の議決権比率は24.4%に過ぎず、kisenの経営権を支配しているとはいえない。配当還元法を用いることができないとの申立人らの主張は採用できない。

配当還元法、DCF法、純資産法の3つの方法を、それぞれ6:2:2の割合が結論でした。

売主側の議決権比率は24.4%なので、支配株主とは言えません。しかし、通常の株主よりも強い力を持った株主です。そのため、申立人(株式の売主)は支配株主と一般株主の中間的な存在の株主だと言えます。

以上の事情を踏まえて、配当還元法とともにDCF法と純資産法を併用、配当還元法を6割、DCF法と純資産法を2割ずつの割合にすると判断しました。

買主側の主張について

収益還元率(DCF法)と時価純資産法をそれぞれ5:5の割合。なお、収益還元率(DCF法)の割引率は2.57%が結論です。

kisen事件の株式売買価格は、一定の収益が永続することを前提に決められることは妥当ではないと裁判所は考えました。純資産方式も計算の際に考慮することで、会社の静的価値にも注目すべきであるというのが、裁判所の判断です。

会社の継続による価値判断法であるDCF法と静的価値の判断法である純資産法で加重平均を行い、バランスを取るという判断でした。

最後に

株式買取価格が争われた「kisen事件」について解説しました。

kisen事件の判決の特徴は、株式売買価格は買主と売主の協議で決定されるという点を踏まえ、双方の主張を取り入れて判断されたという点です。

株式売買価格の算定は専門知識を要する分野であり、算定の際は算定結果(株式売買価格)の算定プロセスや、なぜその価格になったのかという理由も重要です。

株式売買価格の算定は、事情に合わせてのケースバイケースになります。そのため、裁判例はあくまでひとつの参考ではありますが、M&Aで株式売買価格の算定が必要になったときに、知識として役立つはずです。

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