株式買取請求権裁判例分析3(旧カネボウ事件東京地裁)

株式買取請求権裁判例分析3(旧カネボウ事件2)

旧カネボウの事業譲渡に際して、少数株主から平成17年法律第87号改正前商法245条ノ2に基づき、少数株主から反対株主の株式買取請求権が行使された事例である。

平成17年法律第87号改正前商法245条ノ2の「公正ナル価格」の算定にあたって、DCF法による評価が相当であるとし、DCF法を採用し、これを用いて株式買取価格を決定することとされた。

なお、この場合に、マイノリティ・ディスカウント(非支配株式であることを理由とした減価)や非流動性ディスカウント(市場価格のないことを理由とした減価)を行うことの可否、さらには、スモール・ビジネス・リスク・プレミアムをWACCに基づく割引率に加味することの可否も争われた。

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旧カネボウの支配株主

トリニティ社:普通株式  2181万4229株
:C種株式1億1513万1500株
持ち株数:1億3694万6729株(発行済み株式総数1億6641万5057株)
持ち株比率:約82パーセント

旧カネボウの少数株主

少数株主  :議決権のある株式100株から145万余株
:(議決権のある株式1億6641万5057株)
:各申立人の持ち株割合はいずれも1パーセントに満たない極少数株主

株式買取請求権裁判例における株式価値評価の方針

【判旨】旧商法245条ノ2によれば,営業譲渡に反対した株主は,会社に対して,自己の保有する株式を「公正ナル価格」で買い取るべきことを請求できることを定めているが,この制度は,会社が営業譲渡を決定した場合,反対株主に対して投下資本を回収する途を保障することを目的とするものである。

そして,裁判所が決定する「公正ナル価格」とは,「(営業譲渡の)承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」であって,客観的に明らかになっている過去の一定時点における株式価格をいうわけではないから,「公正ナル価格」の特質からみて,考慮される事情は多岐にわたると考えられるが,法が価格決定の基準について格別の規定をおいていないことからすると,法は価格決定を裁判所の合理的な裁量に委ねていると解することができる(最一小決昭和48年3月1日・民集27巻2号161頁参照)。

したがって,裁判所は,「公正ナル価格」,すなわち,営業譲渡が行われずに会社がそのまま存続すると仮定した場合における株式の価値の算定に当たっては,一切の事情を斟酌して,反対株主の投下資本回収を保障するという観点から合理的な価格を算定することになる。

シナジーを加味することの不要

【判旨】次に,支配権の移動という観点からの評価が必要か否かを検討する。・・・トリニティ社は,相手方の株主総会において自社のみの賛成で特別決議を可決することができ,相手方の株式の圧倒的多数の株式を保有し,本件買取請求の帰趨にかかわらず,既に相手方の支配権を確保しているということができる。

そうだとすると,申立人らがその所有する相手方の株式を手放したとしても,相手方における会社の支配権に対して与える影響はほとんど考えられず,本件における買取価格の算定については,支配権の移動という観点から株式価格を評価する必要はないというべきである。

以上によれば,本件においては,相手方の普通株式の価格を算定するに当たっては,専ら,相手方の継続企業としての価値を評価するという観点から判断手法を選択すれば十分であり,当該判断を覆すに足りる的確な証拠は存在しない。

株式買取請求権裁判例において採用された株式価値評価方法

結論・・・DCF法

※この判例では、反対株主の株式買取請求権の制度趣旨を、下記のとおり、「株式買取請求権は、少数派の反対株主としては株式を手放したくないにもかかわらずそれ以上不利益を被らないため株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれることに対する補償措置として位置付けられるものである」と、少数株主の保護制度であるとし、したがって、株式価値評価の方法は、売主の立場からではなく、買主の立場からのみ判断するべきものとして、売主の立場での株式価値評価方法である、収益還元法を採用したものと思われる。

【判旨】当該営業譲渡が行われなかったと仮定した場合における相手方の継続企業としての価値を評価するについて,どのような評価方法が相応しいかについて検討する。本件鑑定人の株式鑑定評価意見書によれば,①収益方式(インカム・アプローチ)は,評価対象会社から将来期待することができる経済的利益を当該利益の変動リスク等を反映した割引率により現在価値に割り引き,株主等価値を算定する方式であること。
②収益方式の代表的手法として,ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー方式(以下「DCF法」という。)があること。
③DCF法は,将来のフリー・キャッシュ・フロー(=企業の事業活動によって得られた収入から事業活動維持のために必要な投資を差し引いた金額)を見積り,年次ごとに割引率を用いて求めた現在価値の総和を求め,当該現在価値に事業外資産を加算したうえで企業価値を算出し,負債の時価を減算して株式等価値を算出して株主が将来得られると期待できる利益(リターン)を算定する方法であることが認められる。
本件において,継続企業としての価値の評価に相応しい評価方法は,収益方式の代表的手法であるDCF法ということができ,相手方の株式価格の評価に当たっては,DCF法を採用することが相当である。

配当還元方式の不採用

【判旨】相手方は,本件営業譲渡の当時,産業再生機構の支援を受けている事業再生途上の企業で,配当を行うことができる状況にはなかったこと,相手方について一般に妥当とされる配当額を求めることは困難であること,事業再生途上の企業は成長性や成長率が必ずしも明確とは言い難いことが認められる。

そうだとすると,相手方の株式を算定するに当たって,実際配当還元法,標準配当還元法及びゴートンモデル法のいずれの方式も考慮することは相当ではなく,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。

純資産方式の不採用

【判旨】
①純資産方式とは,一定時点における会社の資産・負債の評価差額をもって株式価値をする方式で,簿価純資産方式,時価純資産方式,国税庁により行われている財産評価基本通達の規定に基づいて評価する方式,処分価格純資産方式があること。
②純資産方式のいずれの方式も,企業の有する資産から負債の額を控除した株主の持分としての純資産に着目して企業価値及び株価を評価する静的価値に着目した評価方法であることが認められる。相手方の株式を算定するに当たっては,相手方の継続企業としての価値を算定する観点から判断する必要があるところ,純資産方式は,上記でみたとおり,事業継続を前提とする会社においてその企業価値を評価する方法ではないから,本件ではこの方式を考慮するのは相当ではないということになる。

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株式買取請求権裁判例の株式価値評価方法におけるディスカウントについて

非上場会社の反対株主の株式買取請求権による株式買取価格決定に際して、マイノリティ・ディスカウントや非流動性ディスカウント、さらにはスモール・ビジネス・リスク・プレミアムの考慮を行うことは許されない、との東京地方裁判所判例が出た件である。

この東京地方裁判所判例では、反対株主の株式買取請求権の制度趣旨を、下記のとおり、「株式買取請求権の制度は,多数株主によって会社から離脱することを余儀なくされた少数株主の経済的損失を保護することを目的としたもの」「少数株主は株式売却を意図していないにもかかわらず譲渡を余儀なくされた」と、少数株主の保護制度であるとし、したがって、株式価値評価の方法は、

売主の立場からではなく、買主の立場からのみ判断するべきものとして、売主の立場での株式価値評価方法であるDCF法を採用し、かつ、「株主が進んで株式を売却することを前提とした非流動性ディスカウントを考慮すべきではない。」として、売主の立場での株式価値評価方法との趣旨を貫徹するため、マイノリティ・ディスカウントや非流動性ディスカウント、さらにはスモール・ビジネス・リスク・プレミアムの考慮を行うべきではないものと判断したものと思われる。

非流動性ディスカウントの不採用

【判旨】市場価格のないことを理由とした減価(非流動性ディスカウント)。事業の合併・買収取引に際して非公開会社を評価する場合,当該会社の株式の流動性の欠如を理由とするディスカウントを加味するのが一般的である。

しかしながら,株式買取請求権の制度は,多数株主によって会社から離脱することを余儀なくされた少数株主の経済的損失を保護することを目的としたものであり,少数株主は株式売却を意図していないにもかかわらず譲渡を余儀なくされたのであるから,株主が進んで株式を売却することを前提とした非流動性ディスカウントを考慮すべきではない。

相手方は,非上場会社の株式の場合,換価が困難なため売却に費用がかり,資本コストが上昇するため,実務上,非流動性ディスカウントを考慮することが一般に承認されているのに,この点を考慮していない本件鑑定は不合理であると主張するので,その主張の正否を検討する。

本件鑑定によれば,本件鑑定人は,本件株式買取価格の決定においては,株式売却を意図していない少数株主が会社から離脱することを余儀なくされた場合における少数株主に対する売却を前提とする非流動性ディスカウントを考慮する必要はないこと,また,非流動性ディスカウントによる調整は客観的な根拠がなく,鑑定の客観性を担保する観点をも考慮してこれを採用しなかったことが認められる。

以上のような本件鑑定人の判断は,専門的学識と経験に基づき行った判断として十分合理性があり,本件鑑定に不合理はないというべきである。よって,この点に関する相手方の上記主張は理由がない。

マイノリティ・ディスカウントの不採用

【判旨】非支配株式を理由とした減価(マイノリティ・ディスカウント)。このような調整は客観的な根拠があるわけではなく,通常は,売買当事者の価格交渉において使われる調整事項であることを考慮して,マイノリティ・ディスカウントという考え方は採用しない。

スモール・ビジネス・リスク・プレミアムの不採用

【判旨】スモール・ビジネス・プレミアム。このような概念による減価は考慮しない。・・・相手方は,小規模な会社は大規模な会社と比べて事業の安定性や信用力の点でリスクが高く資本コストが上昇するため,実務上,スモール・リスク・プレミアムを考慮するのが一般的であるのに,これを考慮していない本件鑑定は不合理であると主張するので,その主張の正否を検討する。

本件鑑定(回答書14頁)によれば,本件鑑定人は,スモール・リスク・プレミアムは売買当事者が価格交渉で使用する調整事項であって,客観的根拠があるわけではないため,鑑定の客観性を担保する観点からこれを採用しなかったことが認められる。

以上のような本件鑑定人の判断は,専門的学識と経験に基づき行った判断として十分合理性があり,本件鑑定に不合理な点はないというべきである。よって,この点に関する相手方の上記主張は理由がない。

参考:裁判例

【カネボウ事件東京地裁判決】
株式買取価格決定申立事件
【事件番号】
東京地方裁判所決定
【判決日付】
平成20年3月14日
【判旨概要】
旧商法245条ノ2の「公正ナル価格」すなわち営業譲渡が行われずに会社がそのまま存続すると仮定した場合における株式の価値の算定に当たっては、裁判所の合理的な裁量に委ねられており、一切の事情を斟酌して、反対株主の投下資本回収を保障する観点から合理的な価値を算定するが、本件において基本的には相手方の継続企業としての価値を評価すべきであるところ、収益方式のうち代表的方式であるディスカウンテッド・キャッシュ・フロー方式(DCF法)を採用することが相当である。

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