医療法人で出資持分払戻請求を巡る問題とは?医療法人の種類や持分払戻請求権についてわかりやすく解説
仲間の医師と共同で出資して社団医療法人を設立して病院を経営していた父親が、亡くなってしまったケースがあるとしましょう。この場合、相続人は父親が出資した資産を相続する場合がほとんどです。相続人は相続した資産に対する相続税を納めなければならないので父親の社団医療法人に対する出資持分の払戻しを請求する場合もあるでしょう。
もっとも、医療法人が成長した場合、相続人への払戻額が多大な額になってしまい、病院の経営を圧迫してしまいかねません。
実は、出資持分の払戻請求権を行使できるかどうかは、医療法人の種類によって異なります。
そこで、この記事では、そもそも出資持分払戻請求権とはどのようなことなのか、医療法人の種類、出資持分払戻請求権を行使した場合のトラブル事例や対処法などを、わかりやすく解説いたします。
医療法人の出資持分とは
医療法人の出資持分とは、社団医療法人に出資した者が、当該法人の資産に対して、その出資額に応じて有している財産権のことです。出資持分は財産権の一種ですので、相続の対象になりますし、定款に反しないかぎり、出資持分を譲渡することもできます。
株式会社の株式と似ていますが、医療法人では剰余金の配当が禁止されていること、出資持分権者が必ずしも社員総会における議決権を得られるわけではない、などの違いがあります。
医療法人の種類・違い
医療法人には、財団医療法人と社団医療法人の2種類があり、それぞれ出資持分の有無が異なります。
財団医療法人
財団医療法人は、財産の集まりに法人格が認められ、財産の無償の寄付により成り立つ医療法人です。出資持分がないため、出資持分払戻の問題は起きません。ただし日本では、財団医療法人の数は少なく、ほとんどが次の社団医療法人になります。
社団医療法人
社団医療法人は、人の集まりに法人格が認められた法人です。社団法人は、出資持分の有無という観点から、「出資持分のある医療法人」と「出資持分のない医療法人」に区分できます。もっとも、平成19年4月1日の第5次医療法改正により、非営利性の徹底と地域医療の安定性を図る目的で、出資持分のある医療法人の新規設立が禁止されました。
よって、現在では、次の条件を満たす一部の社団医療法人(「経過措置型医療法人」)以外は、出資持分のない医療法人になります。
(1)平成19年4月1日より前に設立された社団医療法人
(2)定款により出資持分に関する規定がある、出資持分のある医療法人
なお、財団医療法人と社団医療法人を出資持分の有無により区別すると、以下のとおりになります。
・財団医療法人:「出資持分のない医療法人」
・社団医療法人 (1)(2)の要件を満たす場合:「出資持分のある医療法人」 それ以外の場合:「出資持分のない医療法人」 |
出資持分あり・出資持分なし医療法人の違い
出資持分のある医療法人と出資持分のない医療法人とでは、財産権の有無、持分権の相続の可否、払戻請求権の可否が異なります。以下、主な違いをまとめました。
出資持分あり医療法人 | 出資持分なし医療法人 | |
財産権 | あり | なし |
持分権の相続 | できる(相続税が課税される) | できない |
解散時や死亡時の払戻請求権 | 出資額に応じて払戻請求権を行使できる | 払戻請求権を行使できない |
持分なし医療法人への移行計画
具体例は後述しますが、出資持分あり医療法人は「出資額に応じて」出資持分払戻請求権を行使される可能性があるので、財務が不安定化するリスクがあります。
このようなリスクを解決するため、厚生労働省は「認定医療法人制度」を導入して、出資持分なし医療法人への移行を推進しています。制度を利用して、令和8年12月31日までに厚生労働省から認定を受ければ、同族経営を維持しつつ、出資持分に対する相続税が免除され、医療法人への贈与税も非課税の状態で持分なし医療法人へ移行することが可能となります。
移行を希望する場合には、厚生労働省へ移行計画の申請を行う必要があります。参考:持分の定めのない医療法人への移行計画の認定申請について(認定医療法人)|厚生労働省
医療法人で出資持分払戻請求を巡る問題
出資持分のある医療法人の場合、持分を持っていた社員が除名、死亡、退社により社員資格を喪失すると、出資持分を払い戻すことができることになります。
そこで問題になるのが、払い戻しされる金額です。出資した金額をそのまま払い戻すのであれば、それほど問題になることは少ないですが、「その出資額に応じて」払い戻さなければならない、ところが問題になるのです。
その払戻金額は、出資したタイミングではなく、払戻請求権の発生するタイミング、例えば、出資者が死亡したタイミングの資産総額に対して、出資した割合をかけた金額になります。また、医療法人の資産は、現預金だけでなく、土地や建物、医療機器、医業未収金なども含まれます。
成長した医療法人の資産に対する金額となると、払い戻し金額は、大きな金額となり、実際に払い戻すとなると、病院経営を揺るがすこととなり、実際には大変難しい問題になります。
医療法人で出資持分払戻請求によって貰える金額
ここでは、例として、相続人が社団医療法人に対して出資持分の払戻請求権を行使できる場合、具体的にいくら払戻金額を請求できるのか、確認していきます。
当初に出資した社員の出資持分の割合(出資額に応じて計算)
以下の単純な例をもとに、払戻金額を計算してみましょう。
被相続人は、友人と2人で1000万円ずつ出資して、社団医療法人を設立した。
社団医療法人の定款は、旧厚生省のモデル定款に準じた内容となっている。
社団医療法人は、その後、成長を続け、設立10周年になった年に、被相続人が死亡した。
相続人は被相続人の子供が一人で、医療には関わりがなく、出資持分の払戻を求めている。
被相続人が死亡した時の社団医療法人の資産の評価額は4億円であった。
設立当時の出資金は被相続人と友人で1000万円ずつの合計2000万円ですので、被相続人の出資割合は1000万円÷2000万円=50%になります。
そして被相続人の死亡時の医療法人の資産が4億円ですので、払戻金額は以下のように計算されます。
4億円×50%=2億円
途中で加入した社員の出資持分の割合
次に、医療法人が設立された後、その運営の途中で被相続人が出資を行った社員である場合の払戻金額を計算してみましょう。
被相続人の友人が1000万円を出資して社団医療法人を設立した。
社団医療法人の定款は、旧厚生省のモデル定款に準じた内容となっている。
その後、社団医療法人は成長し、設立後5年目にはその資産総額が9000万円となった。
その時点で、被相続人は、1000万円を出資した。
社団医療法人は、その後も成長を続け、設立20周年になった年に被相続人が死亡した。
相続人は被相続人の子供が一人で、医療には関わりがなく、出資持分の払戻を求めている。
被相続人が死亡した時の社団医療法人の資産の評価額は4億円であった。
被相続人が出資した時点の社団医療法人の資産は9000万円であることから、被相続人の出資割合は次のように計算されます。
1000万円÷(9000万円+1000万円)=10%
そして被相続人の死亡時の医療法人の資産が4億円ですので、払戻金額は以下のように計算されます。
4億円×10%=4000万円
権利濫用による制限
出資持分の払戻請求権について、具体的な計算をして、社団医療法人の経営に大きな影響を与え得るものと解説いたしましたが、その権利の行使が権利濫用として制限されることがあります。
社団医療法人が出資持分の払戻請求権を行使された場合、その払戻金額があまりにも大きく医療法人の経営を圧迫することがあります。このような事態は、社団医療法人の公益性の観点などからは決して好ましいものではありません。こうした事態を避けるため、一定の事情のもとでは、医療法人に対する出資持分の払戻請求は権利濫用となる場合があるものと解されています。
ただし、権利濫用という一般条項の適用によって払戻請求が否定されるケースはあくまで例外的な場合ですので、 払戻請求を行う側としては、請求額を減額したり、一定期間の分割払いの調整をしたりすることなどで、 その権利行使が権利濫用となることを回避する対応策が考えられます。
医療法人の出資持分払戻に関するトラブル事例
事例1
ここでは、医療法人の出資持分払戻に関するトラブル事例をご紹介いたします。
(1)20年前に社団医療法人を開設し、100%の出資持分を有する理事長Aが亡くなりました。相続人としては、Aの妻である医療法人の理事でもあるB、医者であり、将来父の医療法人を継ぐつもりであった、同じく理事である子供C、結婚して医療法人の運営には全く関わってこなかった子供Dがいました。
遺言書はなかったため、相続分はBが1/2、Cが1/4、Dが1/4となり、Aが有していた医療法人に対する出資持分払戻請求権がその割合で相続されることとなりました。
BとCは、これまでどおり医療法人を運営していく必要があるため、新たに医療法人の社員となって、Bが1/2、Cが1/4の出資持分を有することになりました。
ところが、Dは、医療法人の運営に関わるつもりがないので、医療法人に対して、出資の払戻請求権を行使し、金員の支払いを要求してきました。
Aの死亡時の医療法人の資産は、20年前にAが医療法人開設のために出資した1000万円から、4億円まで増えており、Dの持分1/4に相当する額は1億円になっています。Dに1億円も支払うと、医療法人の運営が立ちゆかなくなるため、その対応に窮する事態になりました。
事例2
ある有能な医者は病院を設立することとなったが、病院の設立資金は巨額であり、遠い親戚である地元の富豪に支援していただくこととし、医療法人の出資者の一人となってもらいました。
それから昭和・平成を経て、令和の時代になり、医者も富豪も孫の代となりました。地元の富豪の孫は、別の事業を行っていたこともあり医療法人持分には関心を有さず、相続の際の相続税評価額も配当還元法であり非常に少額であったためあまり関心はありませんでした。
ただ、いくらかの価値はあると考えていたため、自分の事業の資金繰りの足しにしようとし、出資持分を処分して資金に変えようと考え、医療法人に対して持分買取請求権を行使しました。
地元の富豪の出資時は昭和であり出資額は数万円であり、孫が相続した時の相続税申告書でも450万円程度であったものの、孫が会計士に出資持分の価値を試算してもらったところ、医療法人持分が1億2000万円の評価だったこともあり、孫は医療法人に対して1億2000万円での出資持ち分の買取を要求しました。
医者としてはもともとは出資額は数万円程度だったと反発したものの、最高裁判所の判例でも、医療法人の将来収益に基づく出資持ち分価格の計算式が採用されているということで、医療法人は孫に対して1億円を超える価格を支払うこととなりました。
まとめ
社団医療法人の出資持分払戻請求権について、実際に問題になるのは、医療に関わらない相続人がその出資持分を相続したケースが多いです。出資持分の払い戻しをきちんと受けるべきものですが、支払金額が思いのほか大きくなってしまっている場合が多く、病院経営に大きな影響を与えてしまうかもしれません。
相続人からの出資持分の払戻請求権の行使については、実際には、さまざまな難しい問題があり、トラブルになり得ることも多いので、専門知識を持った弁護士に相談してきちんと対応しましょう。